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東京地方裁判所 平成9年(特わ)3143号 判決 1999年3月24日

主文

被告人を懲役六年及び罰金一五〇万円に処する。

未決勾留日数中四二〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

東京地方検察庁で保管中の現金三三〇九万四〇〇〇円(平成一〇年東地領第三〇三一号の1ないし42)を没収する。

被告人から金四六三一万九〇〇〇円を追徴する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、

第一  AやBらと共謀の上、みだりに、営利の目的で、別表一記載のとおり、前後三回にわたり、東京都中野区本町<番地略>前広場ほか一か所において、Fほか二名に対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶合計約二グラム及び同塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶約0.5グラムを代金合計五万五〇〇〇円で譲り渡し、併せて、覚せい剤、大麻及び麻薬をみだりに営利の目的で譲り渡す意思をもって、別表二記載のとおり、前後六回にわたり、東京都渋谷区幡ケ谷二丁目五番三号付近路上ほか三か所において、Fほか五名に対し、覚せい剤様の結晶約0.5グラムを覚せい剤として、大麻様の樹脂状固形物合計約2.15グラムを大麻として、麻薬である塩酸ジアセチルモルヒネ(以下「ヘロイン」という。)様の粉末合計約1.6グラムを麻薬(ヘロイン)として、代金合計一四万円で譲り渡したほか、平成九年五月中旬から同年七月二七日までの間、多数回にわたり、同区内や東京都中野区内において、氏名不詳の多数の者に対し、覚せい剤様の結晶を覚せい剤として、大麻様の樹脂状固形物や植物片を大麻として、麻薬であるヘロイン様の粉末、塩酸コカイン(以下「コカイン」という。)様の粉末、リゼルギン酸ジエチルアミド(以下「LSD」という。)を含有するとする紙片をそれぞれ当該麻薬として、有償で譲り渡し、もって、Aらと共謀して、規制薬物をみだりに営利の目的で譲り渡す行為と、薬物犯罪を犯す意思をもって規制薬物様の物品を規制薬物として譲り渡す行為を併せてすることを業とした。

第二  イラン・イスラム共和国の国籍を有する外国人で、平成三年五月四日、同国政府発行の旅券を所持し、千葉県成田市所在の新東京国際空港に上陸して本邦に入ったものであるが、在留期間が同年八月二日までであったのに、同日までに在留期間の更新又は変更を受けないで、本邦から出国せず、平成九年七月二六日まで東京都内などに居住し、もって、在留期間を経過して不法に本邦に残留した。

(証拠)<省略>

(事実認定の補足説明)

一  弁護人は、判示第一の事実について、被告人は、別表二の番号1、4、5のとおり、大麻様の物品を大麻として譲り渡したことはあるが、別表一の番号1ないし3の覚せい剤の譲渡及び別表二の番号2、3、6の規制薬物様の物品の規制薬物としての譲渡に関わったことはなく(以下、規制薬物と、規制薬物として譲り渡す規制薬物様の薬物その他の物品を総称して、「規制薬物等」という。)、また、A(参加人。以下「A」という。)らが規制薬物等を譲り渡す行為を業として行った際、被告人が、Aらとの間で、右のような行為を業として行う旨共謀したこともないから、被告人において、Aらの右のような行為を幇助したとされ、あるいは、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)一一条二項の罪責を負うとされるのはともかく、被告人には同法八条の罪は成立しない旨主張するので、この点につき、以下に検討する。

二  まず、関係各証拠によると、イラン・イスラム共和国籍のAが、平成七年ころに我が国に入国(再来日)した後、遅くとも平成九年一月ころから、同年七月二七日にコカイン等所持の現行犯人として逮捕されるまでの間、弟のB(以下「B」という。)と共謀し、主にAが入手してきた覚せい剤、大麻(大麻樹脂や大麻の植物片)、コカイン、ヘロイン、LSDといった多種類の規制薬物等を小分けした上、これらを電話で注文してきた客に密売して利益を得るという行為を反復継続していたこと、すなわち、規制薬物等をみだりに営利の目的で譲り渡す行為を業として行っていたことは明らかである。

なお、この点、Aは、捜査官に対し、自分は規制薬物等の密売には一切関与していないという趣旨の供述をしている(Aは、当公判廷で証人として尋問を受けた際にも、同趣旨の供述をしている。)。しかしながら、関係各証拠によれば、Aは、右七月二七日、東京都渋谷区本町<番地略>乙アパート二階の居室(以下、単に「乙アパート」という。)にいたところを、一緒にいた女友達やE(以下「E」という。)とともに逮捕されたものであるが、この居室は、Aが右女友達を住まわせ、自らもしばしば寝泊まりしていた居室であったところ、同居室内には、大麻樹脂やコカイン等の規制薬物のほか、携帯電話六台や電子秤などが置いてあったこと、また、Aが主に起居していた東京都世田谷区三軒茶屋<番地略>丙ビルディング五〇一号室(以下、単に「丙ビル」という。)にも、大麻樹脂のほか、計量器や多数のビニール袋などが置いてあったことが認められる。加えて、Aと同国人であるD(以下「D」という。)、C(以下「C」という。)及びEは、それぞれ捜査官に対し、客に規制薬物等を手渡してその代金を受け取ったり、あるいは規制薬物等の小分け作業などに携わったことを認めた上、一致して、自分たちが関わっていた規制薬物等の密売は、AとBが中心となって行っていたもので、そのうちAが一番上の立場にいて、密売用の規制薬物等の入手や管理も同人が行っており、同人に指示できる者はだれもいなかった、自分たちは、Aらの指示を受けて、客に規制薬物等を届けたり、規制薬物等の小分け作業を行ったりしていたなどという趣旨の供述をしているほか、被告人も、自らの関与の程度についてはともかく、AとBが中心となって規制薬物等の密売を行っており、そのうちAが一番上の立場にいたなどと、同趣旨の供述をしているところ、この点に関する被告人をはじめとする右の者らの供述の信用性に疑いを抱かせるような状況はない。したがって、右認定事実や被告人らの右供述と対比しても、Aの前記供述は、到底信用することができない。

三  さらに、関係各証拠によれば、Aらが行っていた規制薬物等の密売(以下「本件密売」という。)の態様や、被告人とAとの関係、密売拠点における現金などの発見状況等について、次のような事実が認められる。

1  本件密売の態様

(一) 本件密売に当たっては、客からの電話による規制薬物等の注文を受けるために待機したり、規制薬物等の小分け作業を行ったりする拠点として、Aが起居していた丙ビルや乙アパートのほか、東京都杉並区和泉<番地略>丁七〇一号室(以下、単に「丁」という。)、東京都渋谷区幡ケ谷<番地略>戊マンション五〇三号室(以下、単に「戊マンション」という。)、同区幡ケ谷<番地略>T三〇六号室、同区松濤<番地略>Sマンション一〇二号室(以下、単に「Sマンション」という。)などが使用されていた。なお、戊マンションは、Bが主に起居する部屋でもあった。

(二) 本件密売に際し、いわゆる売り子の役割を担当する者が、電話で注文してきた客に規制薬物等を手渡してその代金を受け取る場所としては、東京都中野区本町<番地略>前広場など営団地下鉄丸ノ内線中野坂上駅の周辺(以下、この場所で行われた規制薬物等の密売を、便宜上「中野坂上地区での密売」という。)と、戊マンションの周辺など中野坂上地区以外の場所(以下、この場所で行われた規制薬物等の密売を、便宜上「幡ケ谷地区での密売」という。)とがあり、中野坂上地区での密売において売り子の役割を主に担当していたのは、同地区辺りにある部屋で起居していた通称Gこと氏名不詳の男性(以下「G」という。)であり、幡ケ谷地区での密売において同様の役割を主に担当していたのは、D(ただし、同年六月一五日に覚せい剤所持の現行犯人として逮捕された。)やE(Dの逮捕後に担当)らであった。もっとも、売り子が休んだときや、深夜、売り子が密売に出掛けるのを止めた後に、客からの電話注文があった場合などには、AやBも、自ら客に規制薬物等を届けたりしていた。

(三) 本件密売用の規制薬物等の入手や管理は、専らAが行っていた。そして、AやBは、あらかじめ規制薬物等の種類ごとに値段を定めていて、客からの電話注文があるたびに、注文があった規制薬物等の種類や数量を書き留めたり、密売による売上げを一日ごとに集計してメモ帳などに記載していた。

(四) Aらは、中野坂上地区での密売に係る売上金については、同国人の自称Hと共同して同地区での密売を行っていた関係で、経費分を差し引いて同人と折半しており、Gにおいて、同地区での密売に係る売上を集計した上、Aの取り分を計算し、これを紙に書いて同人に報告するとともに、右取り分に当たる現金を同人に送っていた。これに対し、幡ケ谷地区での密売に係る売上金については、すべてAとBが受け取っていた。なお、Bは、売り子が持ち帰った密売代金を受け取ると、売り子への報酬を支払った後、札の上に日付と合計金額を書くなどして、これを保管していた。

(五) 幡ケ谷地区での密売では、平均して一日に八〇万円くらいの売上げがあり、多いときには一〇〇万円を超える売上げもあったが、中野坂上地区での密売では、おおむねその三分の一から半分程度の売上げであった。そして、Aは、こうして得た現金を、Bとも相談したりしながら、折を見て、知り合いの同国人らを介して本国などに送金していた。

(六) 別表一の番号1ないし3及び別表二の番号3の各密売では、Gが、各日時場所において各譲受人に規制薬物等を手渡してその代金を受け取っており、別表二の番号1及び2の各密売ではDが、同表の番号4ないし6の各密売ではEが、それぞれ、各日時場所において各譲受人に規制薬物等を手渡してその代金を受け取っていたが、これらはいずれも、本件密売の一環として行われたものであった。

2  被告人とAらとの関係

(一) 被告人は、Bとは本国の小学校の同級生で親しい間柄であり、Aとも、本国在住当時からの顔見知りの間柄で、同人が本国で大麻樹脂等の薬物の密売をしており、日本でも規制薬物等を密売していることは知っていた。また、DやCも、本国では、被告人の自宅の近所に住んでおり、被告人とは子供のころからの知り合いであった。

(二) 被告人は、平成三年五月に我が国に入国して、茨城県内で稼働していたが、その折、Eと同居して同じ職場で働いていたことがあり、また、Gとも同じ職場で働いていたことがあった。なお、被告人は、日本語による日常会話にかなり習熟していた。

(三) 被告人は、平成九年一月ころから、Bと電話で連絡を取り合うようになり、同年二月ころには、妻を伴って茨城県内から東京都内にやって来て、Dが起居していた丁にしばらく泊まり、AやBと会ったりした。そのころ、被告人は、Aに依頼し、Dを通じて二一グラムくらいの覚せい剤を一二万円で購入し、知人のフィリピン人女性に渡したことがあった。

(四) 被告人は、同年四月末ころ、急に茨城県内の勤め先を退職し、同年五月上旬ころに単身で上京して来て、主に丁でDと一緒に生活するようになり、同年六月一五日に同人が逮捕された後は、一時、戊マンションでBと同居するなどしたが、同月下旬ころ、Eが茨城県内から上京して来て、主に同マンションで起居しながら規制薬物等の売り子をするようになった後は、主にSマンションでCと一緒に生活するかたわら、同年七月ころには、Bから戊マンションの鍵を渡されて、同マンションなどにも出入りしていた。なお、被告人は、上京後は全く稼働しておらず、住んでいた部屋の家賃や食費等も、自分では一切支払わず、これをAやBに負担してもらって生活していた。

3  密売拠点における現金などの発見状況等

(一) 被告人は、同年七月二七日午前一〇時過ぎころ、SマンションでCと一緒にいたところを、警察官にやって来られて、同日午前一一時二二分ころ、Cとともに、あへん所持の現行犯人として逮捕されたが、その際、同居室内のベッドの下にはビニール袋に入った現金三一束(合計二六二〇万五〇〇〇円)が、クローゼット前床には現金七束(合計六二一万五〇〇〇円)が、台所の丸テーブル上にはメモ紙(三枚。捜索差押調書謄本<甲一六>の押収品目録第一一号。以下「松濤一一号のメモ紙」という。)に巻かれた現金四束(合計六七万四〇〇〇円)が置いてあった(以上の現金の束の総額は三三〇九万四〇〇〇円。平成一〇年東地領第三〇三一号の1ないし42)。そのほか、同居室内には、携帯電話六台、手帳一冊、メモ帳四冊、多数のビニール袋、計量器三台、はさみ六丁、ポリエチレン製手袋、アルミ箔一箱、ラップ二箱などが置いてあった。

(二) 右現金の束は、千円札、五千円札、一万円札が混じったもので、いずれも輪ゴム等で束ねられており、それぞれの束の一番上にある札の透かし部分には、「6/16」などという日付を表しているとみられる数字とともに、「910000」などという一束の合計金額と一致する数字が記載された(ただし、一番上の札に「7/1」と記載された一〇万円の束のみ、「200000」と記載されていた。)。そして、右日付を表しているとみられる数字は、「6/16」から「7/25」まであった。

(三) 右携帯電話のうち、「***―**―*****」の番号のものは、別表一の番号1、3及び別表二の番号3の各密売に際し、各譲受人からの規制薬物等の注文を受け付けた電話であり、「***―**―*****」の番号のものは、別表二の番号1、5の各密売に際し、各譲受人からの規制薬物等の注文を受け付けた電話であった。なお、「***―**―*****」及び「***―**―*****」の番号のものは、かつて別表一の番号1の譲受人Jからの規制薬物等の注文を受け付けていた電話であり、「***―**―*****」の番号のものは、かつて別表二の番号5の譲受人からの規制薬物等の注文を受け付けていた電話であった。

(四) 松濤一一号のメモ紙のうちの一枚は、Gが、同年六月五日から同年七月一五日までの間の中野坂上地区での密売に係る日ごとの売上げをAに報告するために記載したものであったが、その中には、「甲のタクシー代」「甲の電話代」とか、六月一六日に一五〇万円の現金を、七月一三日に二一〇万円の現金をそれぞれ被告人が持って行ったなどという意味の記載があり、また、右メモ紙には、被告人の指紋も付着していた。

(五) Sマンションにあったメモ帳のうち、捜索差押調書謄本(甲一六)の押収品目録第二三号(二冊。以下「松濤二三号のメモ帳」という。)の熊と虎の絵が書いてあるものには、同年六月九日から同年七月二六日までの間の中野坂上地区での密売に係る売上げが記載されていたところ、記載された数字の中には、被告人の書いたものも多数含まれており、被告人の指紋も付着していた。また、右目録第二六号のメモ帳(以下「松濤二六号のメモ帳」という。)は、専らBが、同年二月一九日から同年七月二五日までの間の幡ケ谷地区での密売に係る日ごとの売上げを記載したものであり、右目録第二八号のメモ帳(以下「松濤二八号のメモ帳」という。)は、専らAが、同年四月一二日から同年五月二八日までの間の中野坂上地区での密売に係る日ごとの売上げを記載したものであった(なお、一部、Cが記載した部分もあった。)。

(六) 戊マンションにも、携帯電話三台や計量器一台のほか、メモ帳(そのうちの二冊が捜索差押調書謄本<甲一八八>の押収品目録第二〇号。以下「幡ケ谷二〇号のメモ帳」という。)が置いてあった。右メモ帳のうち、一月一日から二月二八日までの日付と数字が記載されたものは、同年一月一日から同年二月二八日までの間の幡ケ谷地区での密売に係る日ごとの売上げを集計したもので、他の一冊は、同年五月一九日から同年七月一七日までの間の中野坂上地区での密売に係る日ごとの売上げを集計したもので、いずれも専らBが記載したものであった。

四 そこで、被告人が本件密売にどの程度関与していたのかについて検討する。

1 まず、前記三で認定した事実によれば、被告人は、同年五月上旬ころに上京した後、本件密売の拠点である戊やSマンションで起居していて、その間、全く稼働せず、部屋代や食費等の生活費も自分では一切支払わず、AやBに負担してもらっていたほか、同年七月二七日に被告人がSマンションで逮捕された際、同室内には、一番上の札に日付や金額を記載した上、日ごとに束ねられた、本件密売に係る売上金と認められる三〇〇〇万円を超える多額の現金や、本件密売に係る日ごとの売上げを記載したメモ帳、客からの規制薬物等の注文を受け付けるのに用いられていた携帯電話、計量器やビニール袋などの規制薬物等の小分けに用いる物品なども置いてあり、中野坂上地区での密売に係る売上げが記載された松濤二三号の熊と虎の絵があるメモ帳には、被告人の書いた字も多数あったというのである。

そして、被告人も、捜査官に対し、その経緯や頻度の点はともかく、自らも、規制薬物等を客に届けたりしただけでなく、「***―**―*****」の番号の携帯電話で、客からの規制薬物等の注文を受け付けて、これを右メモ帳に記載し、その注文内容をGに伝えたり、同人から規制薬物等の売上金を受け取ってBに届けたりしたことや、規制薬物等の小分けにつき、丁、戊マンション、Sマンションでそれぞれ二回ずつくらい小分けに関与したことがあり、最も量の多いもので、煙草の箱より少し大きいビニール袋に覚せい剤が一杯入ったものを一〇〇袋くらい小分けしたことなどを認める供述をしているほか、Bから、時々二、三万円程度をもらっており、その総額が十数万円程度になるとか、Sマンションにあった現金は、Bが持って来たものであるが、これが規制薬物等の密売に係る売上金であることは分かっていたなどという趣旨のことも述べているのである。したがって、右のような状況や被告人の供述に照らせば、被告人が本件密売に深く関わっていたことが強くうかがわれるというべきである。

2  のみならず、C、D及びEは、被告人の本件密売への関与の具体的状況等について、それぞれ、検察官に対し、次のような趣旨の供述をしている。

(一) Cの供述

私は、平成九年四月一九日の二、三日前ころ、Aの指示で、「***―**―*****」の番号の携帯電話を渡されて、中野坂上地区での密売に係る客からの電話注文を受け付けるようになった。しかし、私が客に対して日本語で上手に応答できなかったことから、二、三週間くらい後には、Aの指示で、私より日本語の上手な被告人が、この携帯電話を持ち、これにかかってくる客からの注文を受け付けて、同地区で売り子役を担当するGに、注文内容を伝えたり、客と落ち合う場所を指示したりするようになった。被告人が手が放せないときには、私も代わってこの電話に出たこともあるが、Bがこの電話に出ることはほとんどなかった。被告人は、松濤二三号の熊と虎の絵があるメモ帳を日ごろ持ち歩いており、電話で客から注文を受け付けたときには、注文があった薬物の種類、個数、売値等を記載していた。幡ケ谷地区や中野坂上地区で密売する薬物は、月に二、三回くらい、Aが持って来るものを、私やA、Bのほか、被告人も手伝って小分けしていた。そして、中野坂上地区での密売に用いる薬物は、Aや被告人、あるいは私が、Gらのもとへ届けていた。同地区での密売に係る売上金は、被告人が、Gの部屋へ行き、数日分をまとめて回収していた。幡ケ谷地区での密売では、専らBが客からの電話を受け付けていたが、Bがいないときなどには、客からこの電話にかかってきた注文を、被告人が受け付けていたこともあり、さらに、DやEが休みのときや、午前零時半から一時ころ以降に注文があった場合には、被告人も、客に薬物を届けに行っていた。Eが売り子の役を行うようになったのは、被告人が茨城県にいたEを呼び寄せたからである。また、私は、同年五月末か六月上旬ころ、戊マンションにおいて、AやBらが持って来た二〇〇〇万円を超える密売の売上金を、被告人やDらとも手分けをして数えたことがある。Cは、以上のような趣旨の供述をしている。

(二) Dの供述

被告人とCは、Bの持っている携帯電話とは別の、私と関係ない携帯電話を持っていて、客からの薬物を注文する電話がかかてくると、別のイラン人に、客に薬物を届けるように連絡をしていた。その電話には、最初Cが出て客の注文を受け付けていたが、その後、日本語のうまい被告人だけが電話に出るようになった。被告人は、Bの携帯電話に代わって出たときには、私に、客の注文内容や客との待ち合わせ場所を指示していたが、私が忙しいときなどには、被告人も手分けをして、客に薬物を届けてくれていた。私たちが薬物の小分けを行った際や、一度に三五〇〇万円くらいの売上金を数えた際にも、被告人もこの作業に加わっていた。Dは、以上のような趣旨の供述をしている。

(三) Eの供述

被告人は、同年四月中旬ころに、東京にはAやBがいて薬物の密売をしているので、仲間に入れてもらうなどと言っていたことがあり、同月末ころ、会社を辞める際にも、東京で薬物の密売をして、一稼ぎしてからイランに帰るなどと言っていた。私は、同年六月一八日か一九日ころ、被告人から、電話で、客に薬物を渡していたDが逮捕されて、今、人が必要だ、薬物を渡す仕事をやってみないか、一日三万円で、部屋や食事の面倒も見るなどと誘われ、上京して来て、Aらの薬物密売を手伝うようになった。私が上京すると、被告人は、三日間くらい私に同行して、幡ケ谷地区で客に薬物を渡す場所を教え、客を紹介してくれたり、密売をする際の様々な注意事項を教えてくれたりした。私は、戊マンションで待機し、Bの指示を受けて密売をおこなったが、Bが留守のときなどには、被告人が、Bに代わって客からの注文を教えてくれたりしたほか、私が休みのときなどには、被告人が、客に薬物を届けてくれることもあった。被告人は、密売用の薬物の補充や、売上金の回収もしたりしていた。被告人は、「***―**―*****」の番号の密売用の携帯電話を任されて、幡ケ谷以外の場所で密売をしていて、客から右電話にかかってくる薬物の注文内容を、松濤二三号の熊と虎の絵があるメモ帳に記載していた。私は、戊マンションにおいて、被告人が、AやCと一緒に、一週間分の薬物の小分けをしているのを見たことがある。Eは、以上のような趣旨の供述をしている。

3(一) 右2の(一)ないし(三)掲記の各供述は、いずれも本件密売への自らの関与を認めた上で、被告人の役割等につき具体的かつ詳細に述べたもので、内容的にもおおむね一致していて、相互にその信用性を補強し合うものであるばかりか、前記三で認定した客観的状況などに照らしても、自然な流れに沿ったもので、ことさら虚偽の供述をして被告人を罪に陥れようとするような状況もうかがえず、その信用性は高いといえる。そうすると、右各供述に、前記1でみた、被告人の本件密売への関与の深さをうかがわせる状況や被告人の供述を併せ考えれば、少なくとも、被告人が、中野坂上地区での密売に関し、本件密売の中心人物であるAらから、同地区での密売用の携帯電話を任されて、客からの規制薬物等の注文を受け付け、売り子にその注文内容を伝え、客と落ち合う場所に赴かせるとともに、客からの注文内容をメモ帳等に書き留めて日ごとに集計するなどという行為に携わっていたほか、同地区での密売用の規制薬物等を売り子のもとへ持って行ったり、密売の売上金を、売り子のもとから複数回にわたって回収してAらに渡すといった行為(前記三の3(四)で認定した松濤一一号のメモ紙の記載によれば、その金額も、一回につき一五〇万円から二〇〇万円を超えるものであったと認められる。)にも及ぶなど、中野坂上地区での密売を遂行する上で不可欠ともいえる極めて重要な行為を分担していたものと認められる。のみならず、被告人は、幡ケ谷地区での密売に関しても、Bがいないときなどには、同人に代わって客からの注文の電話を受け付けて、売り子のDにその注文内容等を伝え、同人が休みのときなどには、代わって客に規制薬物等を届けたり、また、Dが逮捕された後は、同地区での密売の売り子役を担当する者として、知人のEをAらに紹介した上、Eに対しても、密売のやり方を具体的に教えるなどしていたほか、少なくとも二〇〇〇万円を超えるような多額の密売の売上金を数えたり、密売用の規制薬物等を小分けする作業にも何度か携わっていたことが認められるのである。すなわち、被告人は、中野坂上地区での密売のみならず、本件密売全体に関しても、その犯行を組織的かつ継続的に遂行するに当たって重要な行為に積極的に関わっていたことは明らかである。そして、被告人が、右のような積極的な姿勢で本件密売に関わっていたということは、右2の(三)掲記のような、被告人が上京前にEに対して述べた言葉や、前記三の2(三)で認定した、被告人が上京前にAに依頼して覚せい剤を購入していた事実などとも、よく符合するものといえる。

(二) これに対し、被告人は、捜査官に対して、自分は、本件密売にそれほど積極的に関わっていたわけではないという趣旨のことを述べており、公判段階においても、上京前にEに述べた言葉は冗談で言ったものである、自分は、本国に帰るつもりで上京して来て、その手続が可能になるまでの間、一時、丁などに住まわせてもらっていたもので、Aらに部屋代や生活費の面倒を見てもらっていたため、Bらに頼まれたときに、やむなく規制薬物等の密売を手伝ったり、成り行きで規制薬物等の小分け等に携わったりしただけであるなどという趣旨の供述をしている。

しかしながら、本件密売への被告人の関与が、被告人の述べるような消極的な態様にとどまるものでなかったことは、右(一)で検討したとおりであって、被告人の右供述は到底採るを得ない。

4 そして、被告人とBやAらとの関係や、被告人が本件密売に関与した経緯やその態様等に照らし、被告人が、本件密売に関与するに当たり、AやBに財産上の利益を得させることを積極的に意図し、これを動機・目的としていたことは明らかであるのみならず、前記三の2(四)認定のとおり、被告人が上京後の生活費等を一切支払っておらず、これをAやBに負担してもらっていたことや、被告人の自認するところによっても、Bから合計十数万円の金を受け取っていたことなどに照らし、被告人が、自ら財産上の利益を得ることをも動機・目的としていたことも十分に認められる。すなわち、被告人が、営利の目的で本件密売に関与していたことは、優に肯認できる。

五 以上の次第で、前記四の3(一)、4で認定したような被告人の本件密売への関与の態様等に照らし、被告人が、Aらとの間で、規制薬物等をみだりに営利の目的で譲り渡すことを業とする旨意思を相通じて共謀を遂げた上、自らも、規制薬物等の密売を組織的かつ継続的に遂行する上で不可欠ないし重要な行為に及んだことは、優に認められるというべきである。すなわち、被告人が、判示第一の犯行につき、共同正犯としてこれに関与したことは、合理的な疑いを超えて認定することができる(なお、被告人が、いつから本件密売に共同正犯として関与したのかについては、前記四の2(一)掲記のCの供述に、前記四の3(一)で認定した、被告人が規制薬物等の密売に積極的に関わっていた状況などを併せ考えれば、遅くとも、平成九年五月中旬には、Aらから中野坂上地区での密売用の携帯電話を任されるなどして、本件密売に共同正犯として関与するようになったものと認められ、この認定を左右するような状況はない。)。

したがって、弁護人の前記主張は、採用の余地がない。

(適用法令)

一  罰条

1  判示第一の所為 刑法六〇条、麻薬特例法八条(同条四号<覚せい剤取締法四一条の二第二項>、麻薬特例法一一条二項)

2  判示第二の所為 出入国管理及び難民認定法七〇条五号

二  刑種の選択

1  判示第一の罪 有期懲役刑及び罰金刑を選択

2  判示第二の罪 懲役刑を選択

三  併合罪の処理 刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条、四七条ただし書(重い判示第一の罪の刑に加重)

四  未決勾留日数算入 同法二一条(懲役刑に算入)

五  労役場留置 同法一八条

六  没収 麻薬特例法一四条一項一号、一六条一項本文

七  追徴 同法一七条一項、一四条一項一号

八  訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八条一条一項ただし書

(没収及び追徴に関する補足説明)

一 本件密売に係る不法収益と、没収及び追徴について

1 事実認定の補足説明の五で説示したとおり、被告人が本件密売に共同正犯として関与するようになったのは、遅くとも平成九年五月中旬からであると認められるから、被告人に対する没収及び追徴を検討するに当たっては、これを被告人に最も有利に考えて、遅くとも同月二〇日には本件密売に共同正犯として関与するようになったと認めるのが相当である。そして、関係各証拠、とりわけ、本件密売に係る売上金を記載した松濤一一号のメモ紙(そのうちの一枚。事実認定の補足説明の三の3(四))、松濤二三号のメモ帳(熊と虎の絵が書いてあるもの)、松濤二六号のメモ帳、松濤二八号メモ帳及び幡ケ谷二〇号のメモ帳の各記載に基づいて右売上金の額を集計した捜査報告書謄本(甲一六九)によると、被告人らが同年五月二〇日から同年七月二六日までの間に規制薬物等の密売を行って得た売上金の総額は、七九四二万八〇〇〇円を下ることはないものと認められる(なお、この金額は、密売代金の中から売り子役の者に支払われた報酬等の経費が差し引かれたものであるとうかがわれるところ、本来この経費に充てられた分も不法収益に加えるべきであるが、その額を認定するに足りる十分な証拠はないから、これを考慮に入れないこととする。)。

2 そして、別表一の番号1ないし3及び別表二の番号1ないし5の各密売に係る代金は、その密売の日時や場所等に照らし、いずれも右1で認定した売上金に含まれていると認められる。しかし、別表二の番号6の密売に係る代金は、同月二七日の午前零時を過ぎたころに、Eが、岸政幸ほか一名にヘロイン様の物品を手渡すのと引き換えに同人らから受け取った代金であると認められる(甲一五等)ところ、その密売の日時等に照らし、これが右1で認定した売上金(そのうち幡ケ谷地区での密売に係る売上金)に含まれていないことは明らかである。したがって、右1で認定した売上金の総額に別表二の番号6の密売に係る代金五万円を加えた七九四七万八〇〇〇円が、被告人らが判示の期間(すなわち同年五月二〇日から同年七月二七日まで)に行った本件密売により得た不法収益の総額であると認められ、これが麻薬特例法一四条一項一号により没収すべき不法収益に当たる。

3 一方、Sマンションで発見され押収された現金三三〇九万四〇〇〇円(平成一〇年東地領第三〇三一号の1ないし42。以下「本件現金」という。)は、事実認定の補足説明の二や三で認定した事実等に照らし、被告人らが判示の期間内である平成九年六月一六日から同年七月二五日までの間に行った規制薬物等の密売により得た現金であり、かつ、Aの所有に係るものであるか、少なくとも同人とBの共有に係るものであることは明らかである。したがって、本件現金は犯人以外の者に帰属しないから、同法一四条一項一号により、その全額を犯人である被告人から没収することとする。

4 さらに、右2で認定した不法収益の総額から、没収することとした本件現金三三〇九万四〇〇〇円と、共犯者と認められるEが同人に対する追徴の確定裁判に基づいて納付した六万五〇〇〇円(甲一八四、一八五)とを控除した残額四六三一万九〇〇〇円については、被告人らにおいて既に費消するなどして没収することができないものと認めるほかないから、同法一七条一項により、その価額を犯人である被告人から追徴することとする。

二 参加人代理人の主張について

1 参加人代理人は、本件現金の中には、参加人であるAがBに預けていた、規制薬物等の密売とは関係のない現金合計約八二〇万円が含まれている旨主張する。そして、Aも、当公判廷において証人として尋問を受けた際、本件現金の中には、自分の女友達やDの金、あるいは、自分が同国人の知人に頼まれて、本国に送金しようとして持っていた金や知人の貸付金を回収した金、さらには、被告人らから借りた金などが含まれており、これらを戊マンションに置いたりBに預けたりしていたところ、同人がSマンションに持って行ったものであるという趣旨の供述をしている。しかし、右一の3のとおり、本件現金が本件密売に係る売上金であることについては、事実認定の補足説明の二や三で認定した事実、とりわけ、本件現金が一日単位で束ねられ、各束の一番上にある札の透かし部分に日付や金額が書かれていた(しかも、日付と金額の書かれた束の合計金額は、幡ケ谷地区での密売に係る日ごとの売上げを書いた松濤二六号のメモ帳中の当該日付に係る金額の記載とも、おおむね合致している。)ことなどからも明らかである。これに対し、Aの右証言は、Bに右のような現金を預けたりした状況や、その現金が松濤マンションで発見された経緯等につき、甚だあいまいな内容である。また、Aは、捜査官に対しては、本件現金が何の金かは分からない、これを警察で処分することに異議はないなどと述べていたところ(甲一九〇)、右のとおり供述を変遷させたことにつき、納得できるような合理的な説明をしていない。のみならず、事実認定の補足説明の二で説示したとおり、もともと、Aは、本件密売には一切関与していないなどと、不自然かつ不合理な供述に終始しているのであり、同人の供述は全体として信用できないものである。したがって、同人の右証言により、本件現金の中に、同人が述べるような趣旨の金が含まれているとの疑いを差し挟む余地はないから、参加人代理人の右主張は、採用しない。

2  なお、参加人代理人は、次のような理由をあげて、被告人に対する判決において、参加人の所有とされる本件現金を没収することは許されない旨主張する。すなわち、①規制薬物等の密売はBを中心とするグループが行ったものであり、被告人や参加人は、Bとの間で右密売を行う旨共謀しておらず、麻薬特例法八条の罪を犯してはいないから、被告人や参加人から没収できる不法収益は存在しない、②同法一一条は、捜査当局等がいわゆるクリーン・コントロールド・デリバリーを行った場合を想定した規定であって、規制薬物であるとの鑑定もない物品を規制薬物として譲り渡した場合を処罰することを認めた規定ではないから、別表二記載の行為などは、そもそも本件の訴因に含むことのできないものであり、同表記載の行為により得た代金を没収することはできない、③同法一六条一項にいう「犯人」とは、被告人として公判審理を受けている者に限られるから、共同被告人でもない共犯者に帰属する財産を没収することができるものではなく、仮にこれが可能であるとするならば、その手続に当該共犯者を参加させたとしても、右のような没収を認める麻薬特例法は憲法二九条一項、三一条、三二条に違反する、④参加人は、自らが被告人となっている刑事手続で、本件現金の没収が問題となり、検察官から没収の求刑を受けることが見込まれるところ、共犯者の刑事手続でも本件現金の没収を求刑されてその裁判を受けるというのは、重ねて刑事上の責任を問われるものである上、本件現金の不当な没収を阻止するためには、本件現金の没収が問題とされるすべての刑事手続に参加し、その没収の裁判に不服のある場合には、それぞれに上訴をしなければならないことになり、このような事態が生じること自体、憲法三九条後段、一四条に違反するというのである。

しかしながら、右①の主張が失当であることは、事実認定の補足説明で説示したところに照らし明らかであり、右②の主張については、麻薬特例法一一条の文言上、この規定を所論のように限定的に解する余地はないから、所論は独自の見解というほかないものである。さらに、右③の主張についてみると、同法一六条一項本文は、同法一四条の規定による没収は不法収益等の不法財産が犯人以外の者に帰属しない場合に限る旨定めているところ、ここでいう「犯人」とは、共犯者(広義)を含み、かつ、共犯者が共同被告人として同時に審判を受けていることを要しないと解するのが相当であり、このように解しても、没収の対象となる不法財産が共犯者に帰属していて、その共犯者が共同被告人でない場合には、当該共犯者は、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法による告知(同法二条)を受け、その被告事件の手続に参加して没収について陳述する機会等を与えられて、手続的保障が図られるのであるから(本件においても、この手続が履践されている。)、これが憲法二九条一項、三一条、三二条に違反するものでないことは明らかである。また、右④の主張については、本被告事件で没収の裁判を受けるのはあくまでも被告人であり、没収の対象となる物が参加人の所有物であった場合、その裁判の効果として、参加人の所有権が剥奪されるにすぎず、これとは別に、右没収の裁判の確定前、参加人が、自らを被告人とする刑事手続において、同一の物について没収の裁判を受けることがあるからといって、参加人につき、重ねて刑事上の責任を問われることになるものではない。そして、所論が右④で指摘するような事実上の負担を参加人が負うという点についても、刑事訴訟の制度上やむを得ないことであって、これが同法三九条後段、一四条に違反するものではないというべきである。

以上の次第で、参加人代理人の右①ないし④の各主張は、いずれも採用の余地がない。

(量刑事情)

本件は、被告人が、他の者らと共謀の上、覚せい剤をみだりに営利の目的で譲り渡す行為と、薬物犯罪を犯す意思をもって規制薬物様の物品を規制薬物として譲り渡す行為を併せてすることを業とし(判示第一の事実)、我が国に不法に残留した(判示第二の事実)という事案である。

本件第一の犯行は、多数の者が関わって、長期間にわたり継続的かつ職業的に、多種多量の規制薬物等を多数の者に密売したというもので、これにより社会に拡散された規制薬物等の害悪は甚大であり、その被害は深刻なものである。その犯行態様をみても、大量の規制薬物等をひそかに入手して小分けした上、複数の拠点で待機して、密売用の携帯電話にかかってくる客からの電話を待ち、客から注文の電話を受けるや、落ち合う場所を客と打ち合わせて、直ちに売り子役を担当する者にその場所に向かわせ、代金と引き換えに客に規制薬物等を手渡すというもので、多数の者が役割を分担して組織的に行われた、極めて巧妙な手口である。しかも、この間の規制薬物等の密売による売上金も、巨額なものである。

そして、被告人の本件犯行への関与の態様やその程度についてみても、被告人は、Bと親しい間柄であり、日本語の会話にも習熟していたこともあって、本件密売の中心人物であるAやBからも、相当信頼されていたことがうかがわれる。そして、実際にも、被告人は、Aらから、中野坂上地区の密売用の携帯電話を任されて、その受け付けを担当したり、その売上金の集計を行ったりしたほか、大量の薬物の小分けや、多額の売上金を拠点から別の拠点に運搬するのにも携わったり、Dが逮捕された後には、新たに売り子役を担当する者をAらに紹介するなど、継続的に密売を行うに当たって不可欠ないし重要な役割を、積極的に果たしていたものであり、被告人の本件密売への関与の度合いは決して浅くはない。

また、被告人が我が国に不法残留した期間も短いものではなく、これが許されないことはいうまでもない。

したがって、本件の犯情は悪質で、被告人の刑事責任は重いというべきである。

そこで、規制薬物等の密売によって得られた巨額の売上金の大半は、AやBが取得して海外に送金するなどしており、被告人においては、家賃や生活費等をAらに負担してもらったり、若干の報酬を受け取ったりはしていたものの、それほど多額の分け前を得たとはうかがえないこと、被告人が、規制薬物等の密売に関わったこと自体は深く反省後悔していること、我が国に入国した後、密売に関わるようになるまでは、不法残留の点はともかく、茨城県内で真面目に稼働していたこと、被告人には、我が国における前科がないこと、妻と幼い子供がいること、被告人の家族らが、被告人の早期の帰国を待ち望んでいることなど、被告人にとって有利に酌むべき事情も併せ考慮して、被告人に対し、主文の刑を量定した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡田雄一 裁判官下山芳晴 裁判官丸山哲巳)

別紙別表一・二<省略>

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